離婚が成立し、最後まで残っていた住宅ローンの問題も終わりました。
これでようやく、本当の意味で再出発のスタートラインに立てたと思っています。
ブログや婚活を始め、筋トレや自分磨きも続けています。少しずつですが、前を向いて歩き始めることができました。
そんな毎日の中で、一つ気づいたことがあります。
前を向いて生きることと、過去を忘れることは、同じではありませんでした。
今回は、再出発を始めてから気づいた、そのことについて書こうと思います。
ようやく、歩き始めることができた
離婚が成立し、住宅ローンの問題も終わったことで、ようやく自分の人生を動かせるようになりました。それまでも日々の生活は続いていましたが、心のどこかではずっと足止めされていたように思います。先の見えない問題が一つずつ片づき、ようやく自分のために時間を使ってもいいと思えるようになりました。
このブログを始めたことも、その一つです。自分の中だけに抱えていたことを言葉にし、同じように苦しんでいる誰かに届けたいと思うようになりました。婚活も始め、これからの人生を一緒に歩める人と出会いたいという気持ちにも、少しずつ向き合っています。
筋トレは以前から続けていますが、今は身体を鍛えることだけでなく、自分を立て直すための時間にもなっています。髪や肌の手入れなど、自分磨きにも少しずつ取り組むようになりました。以前なら気にしなかったことにも目を向けられるようになったのは、自分の人生をもう一度大切にしたいと思えるようになったからかもしれません。
子どもが生まれてから離れていたバスケットボールにも、再び参加するようになりました。長いブランクはありますが、少しずつ身体も感覚も戻ってきています。20代前半の、自分よりずっと若い人たちとも一緒にプレーし、新しいつながりが生まれたことも、今の私にとっては大きな変化です。
友達と会って食事をしたり、映画を観たり、笑って過ごせる時間も増えました。離婚のことばかりを考えていた頃に比べれば、日常の中に楽しいと思える瞬間が戻ってきています。私は少しずつ、「離婚をした人」として立ち止まるのではなく、「これからの人生を生きていく人」として歩き始めているのだと思います。
どんなに楽しい時間でも、子どもを思い出す
友達と笑っている時、美味しいものを食べている時、映画を観ている時。ジムやバスケットボールに夢中になっている時、大好きなSOPHIAのライブへ行った時、婚活で出会った女性と楽しい時間を過ごしている時にも、ふと子どものことを思い出します。
気持ちが沈んでいる時だけではありません。楽しい時間でさえ、子どものことが自然と頭に浮かびます。むしろ、本当に楽しいと思えた時ほど、「ここに連れてきてあげたかったな」と思うこともあります。
子どもと一緒に行った場所や、思い出につながるものに触れた時は、特に強く思い出します。同じくらいの年齢の子どもを見かけた時にも、「今頃、何をしているかな」「どんなふうに大きくなっているのかな」と考えます。
季節の変わり目や、その季節特有の匂いを感じた時にも、記憶は突然よみがえります。「この時期は、こんなことをしていたな」と、当時の景色や会話まで思い出すことがあります。
私はもともと、過去の出来事を振り返ることが多い人間です。その性格も、子どものことを思い出す回数の多さに関係しているのかもしれません。それでも、意識して考えようとしているわけではなく、本当に何気ない瞬間に記憶がよぎります。
最初は、こうして何度も思い出すたびに、「私はまだ前を向けていないのかな」と考えていました。
幸せになることと、子どもへの思いは別のものだった
家を出て、子どもと離れてから約9ヶ月が経ちました。離婚が成立したのは、その数ヶ月後です。時間が経てば、子どもを思い出した時の辛さも、少しずつ和らいでいくのではないかと思っていました。
けれど今のところ、そうはなっていません。むしろ以前より、子どもへの思いが強くなっていると感じることさえあります。ただ、9ヶ月という時間を「十分に経った」と言えるのかは、私にも分かりません。
離婚そのものは数ヶ月前に成立していましたが、住宅ローンの問題が残っている間は、私の中で離婚が完全に終わったとは思えませんでした。養育費の支払いはこれからも続きますが、離婚後に残されていた手続きとしては、住宅ローンの整理が最後でした。それがようやく終わり、本当の意味で離婚に一区切りがついたのは、つい最近のことです。
そう考えると、気持ちの整理が始まるのは、むしろここからなのかもしれません。
家を出た当初は、時間が経つことや、自分が幸せになることで、この苦しさも少しずつ薄れていくのではないかと思っていました。新しい彼女ができたら、もう一度家族を築くことができたら、子どもを思い出した時の辛さや、会えない苦しさも少しずつ変わっていくのかもしれない。そんなふうに考えていた時期があります。
今でも、自分が幸せになることで、この辛さが少しでも和らいでくれたらと思うことはあります。子どものことを忘れたいわけでも、子どもの幸せを願う気持ちが薄れてほしいわけでもありません。ただ、子どもを思い出すたびに感じる辛さからは、いつか少し解放されたいと思っています。
今の生活の中にも、幸せを感じる瞬間はあります。心から笑うことも、時間を忘れて楽しいと思えることも増えてきました。これから先、今よりも幸せだと思える時間も、きっと増えていくと思います。
それでも、子どもへの思いは、幸せとは別のところにあるのだと思うようになりました。自分が幸せになったからといって、子どものことを思い出さなくなるわけではありません。楽しい時間が増えても、会えない苦しさが消えるわけでもありません。
幸せになることと、子どもを思い出した時に感じる辛さが和らぐことは、別なのかもしれません。
この気持ちは、この先も付き合っていくものなのかもしれません。これから時間が経てば、また考え方が変わることもあると思います。それでも、少なくとも今の私は、そう感じています。
新しい人生は、自分の力で幸せにしたい
子どものことを思い出す時間は、私にとって決して温かいだけのものではありません。幸せだった記憶がよみがえる一方で、もう会えないかもしれないという現実も一緒についてきます。そのたびに、苦しさや辛さを感じます。
この気持ちを、これから出会うかもしれない彼女や、新しく築くかもしれない家族に背負わせたくはありません。離婚の経緯や、子どもと会えていないことを隠すつもりはなく、きちんと正直に伝えたいと思っています。
ただ、子どもを思い出すたびに感じる辛さまで、相手に抱えさせたくはありません。できることなら、その感情によって相手に気を遣わせたり、不安にさせたりすることも避けたいと思っています。理解してもらえることはあるかもしれませんが、私の過去によって生まれた心の穴を、誰かに埋めてもらおうとは思っていません。
これから出会う人は、失った家族や、会えない子どもの代わりではありません。新しく築く家族も、過去を忘れるために作るものではありません。その人自身を大切にし、一緒に新しい幸せを築いていきたいと思っています。
そのために、自分にできる努力はしていきたいです。過去の苦しさを理由に相手へ寄りかかったり、幸せにしてもらうことだけを求めたりはしたくありません。私自身も相手を幸せにするために努力し、お互いに支え合える関係を作りたいと思っています。
私は昔から、「生きるとは何だろう」「人生にはどんな意味があるのだろう」と考えることがよくありました。いい大人になった今、自分だけが楽しく生きられれば、それでいいとは思えません。誰かを大切にし、その人のために頑張ることを、自分が生きていく原動力にしたいと思っています。
このブログのテーマにしている「誰かのために生きたい」という言葉は、私にとって、きっとこういうことなのだと思います。自分を犠牲にするという意味ではありません。大切な人の幸せを願い、その人のために努力することが、自分自身の生きる力にもなる。そんな人生を、これから築いていきたいと思っています。
これから出会う彼女や、新しく築く家族が、そんな存在になってくれたら幸せです。ただ誰かが現れるのを待つのではなく、理想とする幸せを築くために、自分から前へ進み続けたいと思います。
子どもを思い出した時の辛さが、この先どう変わっていくのかは分かりません。今より和らぐ日が来るかもしれませんし、形を変えながら残り続けるのかもしれません。もし自分の中に変化があった時には、その気持ちもこのブログで正直に書いていきたいと思います。
再出発とは、過去を忘れることではなく、それを抱えながら新しい人生を築いていくことなのかもしれません。


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