「会いたい」と思うことすら、苦しくなる夜があります。
子どもと離れて暮らすようになってから、私の一日には決まって、心が沈む時間ができました。
写真を見たとき。帰り道に、ふと同じくらいの年齢の子を見かけたとき。次に会える日まで、まだ時間があると気づいたとき。
会いたいのに、会えない。その気持ちを、どう扱えばいいのか分からない日もあります。
この記事では、子どもに会えない寂しさと、私が毎日どうつき合っているのかを、正直に書いてみます。
毎日、決まってやってくる「沈む時間」
一日のなかで、決まって心が沈む時間があります。
たいていは、夕方から夜にかけて。仕事の手が止まり、ふと一人になった瞬間です。
そのとき頭に浮かぶのは、いつも子どものことでした。
今ごろ、ごはんを食べているだろうか。眠る前に、誰かに絵本を読んでもらっているだろうか。学校にはちゃんと行けているだろうか。
そんなことを考えるだけで、胸の奥が重くなっていきます。
会いたい。けれど、会えない。
家を出てから、半年が過ぎました。
そのあいだ、子どもには一度も会えていません。
公正証書では、面会については子どもの気持ちを大切にしながら決めていくことになっています。
元妻からは、いまは子どもが会いたくないと言っていると聞いています。
会いたい気持ちが強くなるほど、無理に会おうとしてはいけないという気持ちも強くなります。
そして厄介なのは、「会いたい」と思う自分を、素直に許せないことでした。
会いたいのに、会っていいのかもわからない。その宙ぶらりんのまま、夜だけが過ぎていきました。
それでも、沈む時間とつき合うためにしていること
ただ、今の私には、その時間とつき合うための、ささやかなやり方があります。
沈む気持ちを、無理に消そうとはしません。
消えないものを消そうとすると、かえって苦しくなると知ったからです。
代わりに、私が意識していることが二つあります。
自分の「幸せ」を、あえて想像してみる
ひとつは、自分が幸せでいる姿を、はっきり思い描くことです。
子どものことを思うと、私はつい「申し訳なさ」で頭をいっぱいにしてしまいます。
でも、その気持ちの中に沈み続けていても、前には進めません。
私は、自分の幸せを選んで、この道を決めました。
だからこそ、その選択を後悔だけで終わらせたくないのです。
あえて、穏やかに笑っている自分を思い描く。
ちゃんと幸せになること。それが、自分で選んだ人生に意味を持たせるために、いまの私にできることだと思っています。
そう思える日が少しずつ増えてから、自分の幸せを願うことへの後ろめたさは、ほんの少し軽くなりました。
筋トレが、思っていた以上に効いた
もうひとつは、筋トレです。
もともと筋トレが趣味で、ジムに通っていました。筋トレはメンタルの安定にもいい、と聞いたことはありました。
正直、最初は気休めだろうと思っていました。心の問題に、体を動かすことが本当に効くのかと。
でも、精神的につらい時期も続けてみて、分かったことがあります。
こんな状況でも継続できた。今日もジムへ行けた。そう思えることが、自分を支えてくれました。
本当につらくて、いつものようにトレーニングができなかった日もあります。
それでも、ジムに足を運べた。それだけでも違うと思えました。
ジムに行き、いつものルーティンをこなせている。
それだけで、生活がすべて崩れてしまったわけではないと思えます。
この小さな積み重ねが、必要以上に気持ちが沈み込むのを、少しだけ支えてくれているのかもしれません。
体を動かしたあとは、始める前よりも気持ちが少し軽くなる。何もできなかった一日ではなく、「今日も自分のために動けた」と思える。
その小さな「できた」の積み重ねが、地面に足をつける感覚を取り戻させてくれました。
気分が沈む夜ほど、私はあえて体を動かします。
考える前に動くと、同じところをぐるぐる回る思考から、一度だけでも抜け出せるからです。
この軸は、あの夜のカウンセリングで掴んだ
こうした「つき合い方」を、最初から持っていたわけではありません。
きっかけは、どうしようもなく苦しかった、ある夜のことでした。
誰にも言えない気持ちが胸に溜まりきって、私ははじめてオンラインのカウンセリングを使ってみたのです。
そこで私が手にしたのは、具体的な解決策ではありませんでした。
離婚するべきか。この先どう生きるべきか。そんな答えを、カウンセラーが決めてくれたわけでもありません。
ただ、話を聞いてもらうなかで、「自分の幸せを選んでもいい」と思えるようになりました。
それまでの私は、周りを傷つけないことや、父親としてどうあるべきかばかりを考えていました。
自分が苦しいことさえ、我慢すべきことのように感じていたのだと思います。
カウンセラーは、私を否定もしなければ、無理に励ましもしませんでした。
ぐちゃぐちゃだった感情を、一緒に少しずつほどいてくれました。
その時間のなかで、自分を犠牲にし続ける以外の道を選んでもいいのかもしれない。自分の人生を、自分の幸せのために選んでもいいのかもしれない。
そう思えたことが、私にとって大きな転機でした。
私は最終的に、自分の幸せを選んで離婚しました。
もちろん、子どもに会えない寂しさや、申し訳なさが消えたわけではありません。
それでも、後悔だけに沈み続けず、自分も幸せになろうと思えるのは、あの夜に掴んだ考え方があるからです。
今の私を支えている軸は、あの夜のカウンセリングで掴んだものでした。
もし今、一人で抱えているなら
だからこそ、伝えたいことがあります。
このページにたどり着いた方のなかには、かつての私と同じように、誰にも言えない気持ちを一人で抱えている方もいるかもしれません。
カウンセリングと聞くと、何度も通い続けるもの、というイメージがあるかもしれません。
もちろん、継続して話をすることが支えになる方もいると思います。
ただ、私のように、まず一度だけ話してみることで、気持ちの見え方が変わることもあります。
私は今、カウンセリングに通っているわけではありません。
それでも、あの夜に受け取った「自分の幸せを選んでもいい」という考え方は、いまも自分を支える軸になっています。
一度話しただけで、すべてが解決するとは思いません。
子どもに会えない寂しさも、申し訳なさも、消えてはいません。
それでも、一人で抱え続ける前に、自分の本音を誰かに話してみる。
その時間が、これからを少しだけ歩きやすくしてくれることはあると思います。
いきなり続けると決めなくても大丈夫です。
まずは一度、自分に合いそうな相談先を知るところから始めてみてください。
オンラインで利用できるカウンセリングや、気持ちを整理するためのサービスは、こちらの記事で紹介しています。
→ 離婚でつらい時、心の支えになる相談先|私が調べたカウンセリングという選択肢
会いたい気持ちを抱えたまま、再出発していく
離婚したことを、後悔しているわけではありません。
自分で考えて、自分で選んだ道です。だから、その選択を正当化したいわけでもありません。
ただ、子どもと離れて暮らすことは、分かっていたとしても寂しい。
今も毎日、子どものことが気になります。会いたいと思うこともあります。
その気持ちがなくなることは、たぶんないのだと思います。
でも、会うかどうかは、私の気持ちだけで決めていいことではありません。
公正証書で決めたとおり、子どもの気持ちを大切にしたいと思っています。
生活を整え、少しずつ前を向き、今よりも幸せだと思える時間を増やしていく。
そしていつか、また誰かと支え合いながら、穏やかな家庭をつくれるように。
会いたい気持ちを抱えたままでも、再出発していく。
今の私にできるのは、それだと思っています。


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