離婚は、もう決まっていた。
家庭も、すでに壊れていた。
最初は、
いずれ毎日会えなくなるのだと思っていた。
けれどある日を境に、
それは“もう会わない”という決断に変わった。
家庭から少しずつ手を引き、
自分で時間を削りながら、
それでも私は家を出られなかった。
受験という約束が、
この日常を止めさせなかった。
終わると分かっていながら、
家族としての時間は、静かに続いていた。
何も変わらない日常
離婚は、もう決まっていた。
けれど朝は来る。
目覚ましが鳴り、先に起きて身支度を整える。
キッチンに立つわけでも、会話を交わすわけでもない。
ただ、いつも通りの時間に家を出る準備をする。
以前は、子どもの顔を見てから出勤していた。
寝顔を見てから家を出るのが当たり前だった。
この頃は、それができなくなっていた。
意図して避けたわけではない。
けれど、どこかで距離を取りはじめていたのだと思う。
目を合わせれば、終わりを意識してしまう気がした。
それでも父親としての役割は続いていた。
毎日のお迎えもある。
私は料理以外の家事を全て担当していたので、毎日家事をして、
妻の帰りは遅い日が多く、出張も多かったので日々の育児もこなしていた。
塾の宿題や毎日の勉強を見る。
受験の話もする。
家族としての形は、すでに壊れていた。
けれど日常だけは、まだ残っていた。
歪んだまま、続いていた。
食卓に並ぶ料理。
塾のテキスト。
勉強のスケジュールや取り寄せた学校の資料。
会話は必要なことだけ。
笑い声は、妻と子どものものだけ。
それでも外から見れば、
受験を控えた、ごく普通の家庭だったと思う。
私はその中で、
“終わると分かっている日常”を、
ただ続けていた。
減っていく時間という感覚
離婚は決まっていた。
だから、頭のどこかでは分かっていた。
この日常は、永遠ではない。
最初はただ、
「いずれ会えなくなる」という感覚だった。
毎日顔を合わせている。
同じ家に住んでいる。
それでも、どこか遠くに終わりが見えている。
ふとした瞬間に思う。
あと何回、こうして迎えに行くのだろう。
あと何回、隣に座って勉強を見るのだろう。
あと何回、一緒にお風呂に入るのだろう。
あと何回、大好きな公園に連れていくのだろう。
あと何回、名前を呼ぶのだろう。
そんなことを考える自分がいた。
どんなに楽しい瞬間ですら。
子どもは何も知らない。
今日の保育園での話をし、
勉強を教えて、
テストの結果を見せ、
いつも通りの日々を過ごす。
その笑顔を見ながら、
私は“減っていく時間”を数えていた。
まだこの頃は、
どこか受け身だったのだと思う。
離れていく未来を、
ただ受け入れるしかないものとして
眺めていた。
終わりは、
遠くにあるものだった。
まだ。
消えない記憶と、押し殺す感情
思い出は、特別なときにだけ現れるわけではなかった。
街を歩いていて、目に入る。
楽しそうに手をつなぐ親子。
スーパーで並んでいる家族。
公園で笑っている父親。
以前なら、何も感じなかった光景が、
いまは刺さる。
幸せそうな空気が、眩しかった。
ああ、自分もああだったな、とか。
あそこ、子どもと行ったな、とか。
あの店の前を通るたび、そんな記憶が浮かぶ
どこにでもある光景のはずなのに、
そのたびに胸の奥が重くなる。
羨ましいというより、
きつかった。
でも、目に入る。
自分がこれから手放そうとしているものが、
そこには当たり前のように存在していた。
職場で誰かが家庭の話をするだけでも、
胸の奥がざわつく。
他人の幸せそうな空気が、やけに目についた。
何気なく交わされる「うちの子がさ」という会話。
以前の私は、むしろその輪の中心にいる側だった。
自分から話し、
うちの子がさ、と誇らしげに口にしていた。
それが、いつの間にか
黙る側になっていた。
笑って相槌を打ちながら、
どこか置いていかれているような感覚があった。
羨ましいのか、
悔しいのか、
負けたような気持ちなのか。
うまく言葉にできない、
変な感覚だった。
職場で、ふいに聞かれることがある。
「最近どう?」
「家族は元気?」
そのたびに、私は少し笑って、当たり障りのない答えを返した。
うまくいっているふうに。
普通の家庭であるふうに。
誤魔化すのは、思ったよりも疲れた。
“いい父親で、いい家庭を持っている人”として扱われることのほうがきつかった。
その頃の私はまだ知らなかった。
この「誤魔化し」が、彼女の心をどれだけ傷つけているかを。
それを知るのは、もう少し後のことだった。
そして彼女といるとき。
街を歩きながら、
ふとよぎる瞬間があった。
「あ、ここ……」
息子と来たことのある場所だった。
一緒に歩いた道。
笑いながら走った公園。
ほんの一瞬。
けれど確かに、胸の奥が動く。
私はすぐにその感情を押し殺した。
彼女に悟られないように。
何事もなかったように、会話に戻る。
思い出してはいけない。
いま隣にいる人に、
過去の影を見せるわけにはいかないと思った。
そのたびに、
自分の中の何かを
静かに削っていた。
けれど、ただ削られていただけではない。
思い出して胸が苦しくなるたびに、
私はもう一つの未来を想像していた。
彼女と過ごす時間。
やり直せるかもしれない人生。
自分がもう一度、笑っている姿。
こっちを選んだんだ、と。
そう思わなければ、
自分の選択を肯定できなかった。
自分が幸せになれる未来を想像し続けなければ、この時間を乗り越えられなかった。
それもまた、私の本音だった。
思い出さないようにすること。
未来を強く思い描くこと。
その両方を繰り返しながら、
私は少しずつ、
父親としての自分を削っていった。
家庭から手を引いた日
私は以前の彼女との話し合いの後、
子どもに会わない覚悟は、心の中でしていた。
けれど、離婚はまだ成立していない。
私はまだ家の中にいた。
父親としての役割も、生活も、続いていた。
お迎えに行く。
勉強を見る。
家事をする。
家族としてはとっくに壊れていた。
けれど“父親の仕事”だけは残っていた。
その歪さに、私は少しずつ耐えられなくなっていった。
二度目の彼女との旅行のあとだった。
彼女と過ごす時間は、本当に楽しかった。
未来の話もした。
笑っていた。
けれど帰る時間が近づくにつれ、
空気が変わった。
数日後、彼女から別れを切り出された。
そして言われた。
「家族のことを、子どものことをした手で触られるのが嫌だ」
逃げ場のない言葉だった。
私は嫉妬深い人間だ。
逆の立場なら、きっと耐えられない。
彼女がそう感じるのは当然だった。
そのとき、はっきり分かった。
彼女はもう、
私が家庭から手を引くことを望んでいる。
責めではなく、限界だった。
私は決めた。
家のことから、
息子のことから、
できる限り距離を取ろうと。
けれど、それは簡単ではなかった。
私はもともと、家事のほとんどを担っていた。
お迎えも、勉強も、日々の世話も。
それを減らすということは、妻の仕事を制限する、
妻に負担を背負わせることでもある。
離婚までの約束に反するのではないかという葛藤もあった。
それでも、宣言した。
当然、喧嘩になった。
妻の言葉は鋭く、
優しさはもうなかった。
彼女にはできる限り、家のことから手を引くと伝えた。
そして実際に、少しずつ家庭から距離をとっていった。
家庭から手を引くと決めた私はどんどん、
自分の部屋から出なくなっていった。
出れば煙たがられる。
勉強の邪魔になると言われる。
家の中にいながら、
居場所はなかった。
日が経つにつれ、
家庭の空気はさらに変わっていった。
私のことを「あの人」と呼ぶ声が聞こえる。
妻と子どもとの会話の中に、
あの「クズ」という言葉が混じることもあった。
胸が、静かに締めつけられた。
怒りではなかった。
申し訳なさだった。
自分が選んだ道が、
子どもにそんな言葉を覚えさせてしまったのだと。
本来なら、
まだ知らなくていい感情を、
背負わせてしまったのだと。
そして同時に、
こんなことを思ってしまう自分もいた。
このまま嫌ってくれたほうが、
いずれ消えるとき、
楽なのかもしれない。
それは父親として、
最低の発想だった。
少し話は変わるが、
家族旅行は、私抜きで行くようになった。
離婚を切り出したときには、すでに決まっていた旅行も、当然だがキャンセル。
私が一緒に行くことは、もうないのだと分かった。
ある日帰宅すると、家は静かだった。
旅行に行っていると知る。
「ああ、今日はひとりか」
少しだけ、今日はくつろげると思った。
でも同時に、
子どもの声がしないことが、胸に刺さった。
楽と寂しさが、同時にあった。
家庭の中で孤立しながら、
私は少しずつ、
家族という形から外れていった。
自分の部屋の外では、私抜きで今までのような家族の時間が流れ、
それが聞こえてくる。
ひとりでいるより孤独を感じる時間だった。
彼女とあった直後は特に。
家庭の中にいながら、
私はすでに家族の外側に立っていた。
父親として当然あると思っていた未来を、
自分で手放す。
その覚悟は、
静かに、でも確かに固まり始めていた。
「いずれ」ではなくなった日
以前、私は
“減っていく時間”を数えていた。
離婚は決まっている。
いずれ子どもに毎日は会えなくなる。
月に1回か2回会う程度になるのかななんて考えていた。
終わりは遠くにあり、
私はただ、それを受け入れる側だった。
最初のうちは、
あと一年半くらいあると思っていた。
一年半。
長い。
まだ時間はある。
そう思っていた。
終わりは、未来の話だった。
けれど、離婚したら子どもには会わないと決めた。
彼女を優先すると決めた日を境に変わった。
減っていくのではなかった。
なくなるのだと分かった。
しかもそれは、自然に失われる時間ではない。
自分で終わらせる時間だった。
その前提に立った瞬間、
時間の重さが変わった。
永遠に別れる前の一年が、
急に短く感じるようになった。
一年は長いはずなのに、
“もう二度と会わない”という未来と並べたとき、それは一瞬のようだった。
遠いはずだった終わりが、
急に現実になった。
時間は減っているのではない。
迫っていた。
あと何回、迎えに行けるだろう。
あと何回、隣に座って勉強を見るだろう。
あと何回、一緒に笑えるだろう。
これは“減っていく時間”ではない。
自分で終わらせると決めた時間だった。
その事実が、いちばん重かった。
楽しい瞬間ほど、
胸が痛んだ。
公園で走る姿。
抱っこしてと近づいてくる姿。
名前を呼ぶ声。
全部、数えられる。
そのひとつひとつが、最後かもしれないと思いながら見ていた。
“いずれ”は終わった。
残っているのは、
あと何回かという現実だけだった。
私は理解していた。
これは流れではない。
仕方のないことでもない。
私が選んだ。
だからこの時間は、
失われるのではなく、
私が終わらせるのだと。
二度と会わないと決めてから、多くのことが“いずれ”ではなくなった。
どの瞬間も、最後かもしれないと思うようになった。
けれど家庭のことから手を引くと決めてからは、
その時間さえ、自分から削りにいった。
迎えに行く回数を減らす。
勉強を見る時間を減らす。
同じ空間にいる時間を減らす。
終わると分かっていながら、
私はさらに、自分で終わらせにいっていた。
それでも、立ち止まらなかった。
覚悟は、
もう曖昧ではなくなっていた。
終わりは、遠くにあるものではなかった。
すぐそこにあった。
自分で終わらせると決めた時間
覚悟は、もう曖昧ではなかった。
子どもに二度と会わないと決めた。
家庭から手を引くと決めた。
父親として当然あるはずだった未来を、
自分の手で閉じると決めた。
それでも、日常は続いた。
子どもは何も知らないわけではなかった。
私が出ていくことは、すでに伝えられていた。
子どもに「もう出ていってほしい」と言われたこともある。
胸が締めつけられた。
それでも私は、家を出られなかった。
受験があった。
離婚を成立させるための段取りがあった。
入学後に離婚するという約束があった。
出ていけと言われながら、
出ていけない。
嫌われながら、
家にい続ける。
それが、いちばんきつかった。
家庭から手を引くと決めてから、
私はリビングにいる時間を減らした。
迎えに行く回数を減らした。
勉強を見る時間を減らした。
“最後かもしれない時間”を、
自分で削っていた。
子どもの声が部屋の外から聞こえる。
私抜きで流れる家族の時間。
笑い声。
会話。
ドア一枚隔てただけなのに、
そこには私はいない。
それでも受験は止まらない。
試験や面接の準備が始まる。
家庭の教育方針をまとめる。
家族でどう支えているかを言語化する。
志望動機を整える。
紙の上には、
整った家庭があった。
協力し合い、
支え合い、
子どもの未来を一丸となって考える家族。
私はそれを読みながら思った。
これは、誰の話だろう。
ここまで覚悟を決め、
自分のような家庭が受験をすることにさえ疑問を抱き始めていた私は、
その準備がひどく作り物に感じられた。
壊れていると分かっている家庭を、
整っているように語る。
子どもの未来のためと言いながら、
本当にその未来を守れているのか分からない。
それでも、うまく話さなければならない。
笑顔で。
自信を持って。
矛盾のない家族像を語らなければならない。
私は、自分を偽っている感覚があった。
受験は、努力の象徴だと思っていた。
けれどこのときの私は、
努力というよりも、
何かを取り繕う側に立っていた。
面接の準備の中で、
子どもが話す家族のエピソードを聞いた。
そこに、私はほとんど出てこなかった。
描いた家族の絵にも、
母親の姿はあっても、
私の姿はなかった。
それは当然だった。
もう一年、
家族として生活していなかったのだから。
私は家庭から手を引いた。
その結果が、
ただそのまま表れていただけだった。
責める気持ちはなかった。
ただ、
静かに現実を突きつけられた。
離婚は決まっていた。
家庭は壊れていた。
父親としての未来は、
自分で閉じようとしていた。
それでも私は、
受験という舞台の上で
“いい父親”を演じようとしていた。
それが、いちばん苦しかった。
それでも、私はここにいなければならなかった。
受験本番は、本気で向き合わなければならない。
もし失敗したとき、
「父親が壊した」と思われるのだけは、
避けたかった。
約束も、段取りも、
すべてがその上に乗っていた。
だから私は、
終えると決めた日常を、
最後まで続けるしかなかった。
受験が終わる日まで。
離婚の記録|実体験シリーズ
このブログでは、離婚に至るまでの経緯と、その後の出来事を実体験として記録しています。
時系列で読めるようにシリーズとしてまとめています。
① 離婚に至るまでの経緯
② 離婚を躊躇した理由
③ 離婚を決断した日
④ 離婚が決まっても家を出られなかった理由
⑤ 受験という現実
⑥ 終わると分かっていた家族の日常(この記事)
⑦ 面接をこなすたび削れていく気持ち
⑧ 子どもと過ごす時間の重さ
⑨ 同じ家にいる他人


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