離婚を切り出した日|決断のあとに起きた現実

離婚の記録
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カウンセリングを受けたあと、
私は、離婚を切り出すことを決めた。

もう、限界だった。

それでも、
その決断を口にすることは、
簡単ではなかった。

相手は、妻。

そしてその日は、
妻の誕生日だった。

決めたあと、すぐに伝えた

カウンセリングを受けたのは夜勤明けだった。
本来なら寝るはずだったが、
眠る気にはなれなかった。

そのまま子どもを塾に連れていき、
帰宅してからもずっと考えていた。

カウンセリングで背中を押されたこともあり、気持ちはそちらに傾いていた。

けれど、
そのままの勢いで決めていいのか、
一度立ち止まって考えた。

頭の中で、
何度も同じことを繰り返していた。
迷いも、不安も、まだ残っていた。

それでも、
もう止まれないと思った。

ここで何も言わなければ、
また同じ生活に戻る。

そして、
また自分を押し殺す日々が続く。

それだけは、もう無理だった。

もちろん我慢は、
私だけではないのはわかってはいる。

翌日夜、仕事から帰ってきた妻に、
私は話を切り出した。

離婚したいと思っていること。
そして、
すぐそこまで迫っている
二人目の不妊治療も、
少なくとも今はやめたいこと。

言葉にするのは簡単ではなかった。

何度も頭の中で考えていたはずなのに、
実際に口に出すと、
うまくまとまらなかった。

それでも、
伝えなければいけないと思った。

ここで言わなければ、
もう二度と
言えなくなる気がしたからだ。

妻の誕生日に離婚を告げた

あの日のことは、今でも忘れられない。

その日は、
妻の誕生日だった。

正直、
この日に伝えるのは
最低なことだと思った。

けれど、
不妊治療の日がすぐそこまで迫っていた
こともあり、
先延ばしにすることはできなかった。

ここで言わなければ、
また言えなくなる。

そんな気がしていた。

その頃の私たちは、
すでに誕生日を祝うような関係ではなかった。

不倫が発覚し、
妻の条件を飲んで
一度は家庭に戻ると決めたあとだった。

空気は冷え切っていて、
何かを祝うような状態ではなかった。

誕生日プレゼントだけは、
不倫するより前に渡していた。

子どもと一緒に選んだものだった。

それが、
最後の妻へのプレゼントになった。

申し訳ない気持ちはあった。

それでも、
気持ちは決まっていた。

しっかりと、
自分の言葉で伝えた。

恐怖の中で伝えた本音

私は、
妻を恐れていた。

怒鳴り声に、
体が反応してしまう。

また何かされるんじゃないか。
そんな恐怖があった。

これまでにも、
子どもの前で土下座させられたことがある。

そういう記憶が、
トラウマというのだろうか、
体に残っていた。

だから、
離婚したいと伝えることは、
本当に怖かった。

特に、
一度決まったことを覆すことを
強く嫌う人だったからだ。

吐きそうになりながら、
言葉を絞り出したのを覚えている。

それでも、
もう耐えられないと思った。

これまで、
うまくいくなら
自分が我慢すればいいと思っていた。

でも、
もう限界だった。

夫婦関係は、
とっくに壊れていたと。

それは、
妻も認めていた。

以前、
「もうあなたと性行為をする気はない」
「夫婦としての関係は放棄する」
そう言われたことがある。

同時に、
「外で性欲を満たしてこい」
とも言われた。

言ってはいけない暴言を、
何度も向けられてきたこともある。

もちろん、
不倫をしたのは自分だ。

それは、
世間的に見れば
悪いことだと思っている。

ただ、
私たちの関係の中では、
外で性欲を満たしてこいと
言われていたこともあった。

だからといって、
正当化できるとは思っていない。

それでも、
このままでは
自分が壊れてしまうと思った。

おそらく、
今回のことがなくても、
いずれ限界は来ていたと思う。

だから、
もう止まれなかった。

私は、
自分の言葉で伝えた。

もう耐えられないこと。
このままでは壊れてしまうこと。

そして、
こんな状態で
二人目の子どもを授かることは
できないと思っていること。

責任を果たせるとは、
どうしても思えなかった。

妻の反応

私の話を聞いた妻は、
大きく驚くことはなかった。

少しため息をついて、
静かに諭すように言った。

「どうして?」

怒鳴られると思っていた私は、
その反応に少し戸惑った。

私は、
離婚を切り出せば
強く否定されると思っていた。

家庭の中での自分は、
対等な存在というより、
この生活を回すための役割のようなものだった。

だからこそ、
それに逆らうような形になる今回の話は、
強く拒絶されると思っていた。

私の様子がおかしいことは、
気づいていたのだと思う。

妻は、
食事も取れず、
痩せていく私を見て、
限界に近いことは分かっていた。

それでも、
これまでの積み重ねがあった。

口論になるたびに、
「離婚しろ」
「家を出て行け」
そう言われてきた。

実際に、
離婚届を書かされこともある。

「何かあれば出すから」と、
何度か言われていた。

そのたびに、
自分が悪くないと思う時でも、
必死に誤った。

許してもらうために
土下座をしたこともあった。

そういう日は、
部屋から出ることも許されず、
子どもと関わることもできなかった。

「本当は離婚したいのに、
 あんたがすがってきてるだけだ」

そんな言葉も、
何度も向けられてきた。

だからこそ、
今回自分から離婚を切り出したことは、
どこか現実味がなかったのかもしれない。

私は、
言葉を選びながら伝えた。

もう耐えられないこと。
このままでは壊れてしまうこと。

その話を聞いたあと、
妻は続けてこう言った。

「離婚してどうするの?」
「あの人と付き合うつもりなの?」

私は、正直に答えた。

付き合えるかは分からない。
でも、
離婚するなら
気持ちは伝えたいと思っていること。

すると、
少し間を置いて、
妻は言った。

「私たちを捨てるの?」

その言葉は、
重く響いた。

そういうつもりではない。
そう思いながらも、
相手から見れば
そういうことになるのだと分かっていた。

子どもが感じ取っていた異変

話し合いをしている最中、
子どもが何度もこちらの様子を見に来た。

普段とは違う空気を、
感じ取っていたのだと思う。

「どうしたの?」

そう言って、
何度も部屋に入ってきた。

そのたびに、
「ごめんね。
 大事な話をしてるから、
 少しあっちで待っててくれる?」

そう伝えた。

何度も、
同じやり取りを繰り返した。

子どもは、
どこか不安そうな顔をしていた。

その姿を見るのが、
つらかった。

本当は、
こんな話を子どもの近くでするべきではない。

そう分かっていた。

それでも、
止めることはできなかった。

もう避けて通れないところまで、
来ていたからだ。

子どもにとって、
何が正解なのかは分からない。

離婚すれば、
今までのように
そばにいることはできなくなる。

それでも、
このままの状態を続けることが、
本当に子どものためではないと思った。

不妊治療という現実

「2人目のこと、どうするの?」

そう言われた。

私が不妊治療をやめたいと伝えると、
妻の反応は明らかに変わった。

離婚の話よりも、
そのことに強く反応しているように感じた。

これまで、
どれだけ時間とお金をかけてきたのか。

どれだけ妻に身体的な負担があったのか。

それは分かっていた。

だからこそ、
このタイミングでやめたいと言うことが、
どれだけ残酷なことなのかも、分かっていた。

それでも、
今の状態で
二人目の子どもを授かることは、
どうしても考えられなかった。

責任を持って育てていける自信がなかった。

「赤ちゃんはいいもんだよ?」

そう言われた。

たしかにそうだと思う。

子どもはかわいい。
かけがえのない存在だ。

それでも、
今の自分には
その命を受け止める余裕がなかった。

むしろ、
このままの状態で
新しい命を迎えることの方が、
無責任だと思った。

そしてもう一つ、
自分の中で大きかったのは、
気持ちの問題だった。

子どもは、
本当にかけがえのない存在だと思っている。

だからこそ、
気持ちのある相手と、
その命を迎えたいと思ってしまった。

不妊治療をやめる決断と離婚を選んだ理由

私は、
不妊治療の同意書に
サインすることはできないと伝えた。

「ごめん」

それしか、言えなかった。

妻は、
納得していない様子だった。

そして、こう言った。

「離婚してもいいから、
 2人目の治療はさせて」

その言葉を聞いたとき、
正直、言葉が出なかった。

そこまでしてでも、
二人目の子どもを望んでいることは、
痛いほど伝わってきた。

それでも、
私は首を縦に振ることができなかった。

二人目の子どもができた状態で、
離婚することはできない。

それだけは、
はっきりしていた。

私は、
その提案を断った。

すると妻は、
静かに言った。

「誕生日に、そんなこと言うんだね」

その言葉は、
深く刺さった。

申し訳ない気持ちはあった。

それでも、
引き返すことはできなかった。

そして、妻は続けて言った。

「私たちを捨てるんだね」

私は、
正直な気持ちを伝えた。

子どもは大切だと思っていること。
今いる子どもを、
本当に大事に思っていること。

子どもを捨てるという意味ではない。

不倫自体は自分が悪いかもしれない。

それでも、
これまで
「外でしてこい」
「離婚して、出て行け」
そう言われてきた中で、
今になってそれを責められることに、
戸惑いもあった。

そして、
自分はもう限界だということ。

さらに、
自分の中にあった考えも伝えた。

子どもには、
父親という存在が必要だと思っている。

寂しい思いはさせたくない。

だからこそ、
実の子でなくても
本気で大切にしてくれる人を
見つけてほしいと思ってしまったこと。

父として言っては
いけないことかもしれない。

それでも、
そう思ってしまった。

子どもには、
不幸になってほしくなかった。

受験後に離婚することが決まった

その日の話し合いで、
一つだけ決まったことがあった。

「離婚はするけど、
受験が終わってから。
不貞行為があった以上、
あなたに選択権はないから」

受験が終わるまでは、
このままの生活を続けること。

そして、
その後に離婚するということ。

私は、
その現実を受け入れた。

詳細はこれから考えることとなった。

こうして、
離婚に向けて、
動き出すことになった。

彼女に連絡する許可をもらった

話し合いが終わったあと、
私は、ひとつだけお願いをした。

彼女に、連絡をさせてほしい。

離婚することになったことを、
伝えたかった。

そして、
それまで彼女に待ってほしいことも。

これまで、
連絡はしない約束になっていた。

だから、
自分から勝手に連絡することはできなかった。

まだ、
すべてが決まったわけではなかった。

それでも、
ここで何も伝えないままにすることは、
できなかった。

妻は、
それを認めた。

弱りきっている私を見て、
このままでは危ないと思ったのかもしれない。

連絡も、
会うことも、
許された。

今思えば、
許可を取る必要はなかったのかもしれない。

それでもあのときは、
まだ家庭の中のルールの中にいた。

その場で、
すぐに連絡をした。

翌日、
会う約束ができた。

離婚の記録|実体験シリーズ

このブログでは、離婚に至るまでの経緯と、その後の出来事を実体験として記録しています。
時系列で読めるようにシリーズとしてまとめています。

① 離婚に至るまでの経緯
② 離婚を躊躇した理由
③ 離婚を決断した日
④ 離婚が決まっても家を出られなかった理由
⑤ 受験という現実
⑥ 終わると分かっていた家族の日常
⑦ 面接をこなすたび削れていく気持ち
⑧ 子どもと過ごす時間の重さ
⑨ 同じ家にいる他人
生きる気力を失った私が、カウンセリングで出した結論
⑪離婚を切り出した日|決断のあとに起きた現実(この記事)

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